2006年10月7日

熊野古道
紀伊路・中辺路ウォーク
13回シリーズのE回目


糸我峠・方津戸峠
大阪梅田7時30分
阪和道・海南湯浅
興国寺拝観得生寺・糸我稲荷
糸我峠逆川王子跡方津戸峠湯浅醤油の里
海南湯浅・阪和道大阪梅田



興国寺
まず、湯浅醤油の発祥の寺、興国寺を訪れました。

1258年(正嘉2)に源実朝を弔うために建立された寺で開基は法燈国師(覚心)
覚心は醤油の誕生のきっかけとなった径山寺
[金山寺]味噌の製法を宋から
持ち帰り、この地に伝えた人物。
なお
醤油 味噌の上澄み、すなわち味噌の上に溜まったタマリがその始ま
りで、味噌・醤油いずれも覚心によって我が国に伝えられたのです。

また、虚無僧4名を宋から伴って帰国し、
全国に普化 尺八を広めたことでも 知られています。





宮原の渡し
JR紀勢本線・宮原駅の南東にある宮原の渡しから
有田川を渡って
糸我峠に向かいます。



得生寺
中将姫ゆかりの寺。継母に捨てられ、命を奪われそうになった中将姫が、
家臣の伊藤春時にかくまわれた場所と言われ、奈良の当麻寺と同じよう
なお練供養も毎年五月十四日行われています。

犬養孝氏の筆による
「足代過ぎて 糸鹿の山の桜花 散らずあらなむ 帰り来るまで」
(『万葉集』巻七-一二一二)
と書かれた歌碑や一里塚跡、熊野古道歴史民俗資料館があります。


糸我稲荷
上皇方が熊野三山へ参拝される途中
先ず此の稲荷神社で奉幣され、
次いで糸我王子に詣られたと伝えられています。




糸我王子
糸我稲荷からは蜜柑畑の中を進みます。全山がみかん・ミカン・蜜柑、
手を伸ばすと届くのですが・・・






路は収穫用に舗装されていていますが、蜜柑畑がなくなる頂上付近で、
やっと古道らしくなってきます。




糸我峠



逆川王子
名の由来は、藤原定家がサカサマ(逆様)王子と書いているのから想像すると、大阪からここまでの川は、総て右手方向に流れているが、此の川に来て右から左に流れているから渡るときに「わー逆さまに流れてるよ!」って名前は単純に付けられた? と云う説も…



方津戸峠
此の峠は、話しながら歩いていると見過ごしてしまいそうな…
山道ではなく坂道ですョ。




醤油の里・湯浅
本日終点の湯浅は、かつては海運の要所でもあり醤油や味噌などの
産業が「湯浅千軒、広千軒」と云うほど栄えた宿場町でした。






湯浅の老舗・「角長」で醤油の お勉強をしました。
主原料は大豆と小麦と麹(こうじ)
当たり前や〜ん、と聞いておりましたら、最後に
「皆さんが毎日使っている醤油は大豆はあまり使ってません、
殆どが
脱脂加工大豆です」
なんて脅かされて、帰ってから早速、我家の醤油の品質表示を・・・
やっぱり 本当やった! ぞ ォ〜

キッコーマンだけでは不公平と
スーパーへ出かけ確認してみました。
ヤマサヒガシマルも、何処も同じ
脱脂加工大豆使用でした。





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