2007年1月27〜28日


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風伝峠・通り峠八鬼山越え

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 尾呂志登り口 風伝峠 通り峠登り口
通りと峠
丸山千枚田 矢ノ川ふれあい市場



新宮(泊)新宮ユーアイホテル
尾鷲八鬼山登り口
八鬼山さくらの森三木里海岸



紀伊半島のど真ん中を、196号線(東熊野街道)で南下し
鬼ケ城センターでまず昼食。
昼食後は しばし名勝天然記念物『鬼ケ城』の見物です。
鬼ケ城





風伝峠越え
標高257mの風伝峠が奥熊野と奈良県の北山とを結ぶ最短コースとして
江戸時代の前から重要な役割を果たして来ました。名の由来は、一年中
風のやむことのない峠だつたことから来ていると言われてます。

風伝峠の登り口の地名は尾呂志
秋冬に大台山系から冷たい風を紀州の浦々に吹き降ろす風の通路にな
っていて、この「
大台おろし」が尾呂志の名の由来でしよう。



風伝トンネルの上を乗り越える風伝峠は、思いのほか短い、
あッと云う間の峠越えです。



風伝峠を下って、311号線を跨いで休む間もなく、通り峠に挑戦。
我々は通り峠から北山道と交差して、丸山千枚田へ向かいます。




通り峠は明日の八鬼山越えの足慣らし、
通り一遍の峠かと油断していたら大間違いでしたよ。





丸山千枚田
初日のゴールは、丸山千枚田の中を進み、矢ノ川の「ふれあい市場」で
バスが待っていてくれます。


棚田は全部で千四百枚を越えるとかで、一番小さな稲田は三株でした。
田植えが終わった頃、再度おとずれたい場所です。雪景色もいいかも…




27日の宿は和歌山県の新宮市、新宮ユーアイホテルです。




明けて二日目

今日は伊勢路の中でも一番の難所と云われる

八鬼山越え

海抜627mの険しさに加え、かつては山賊や狼も出没し
旅人を震え上がらせたと言われてます。


JR尾鷲駅から約3`、八鬼山登り口には尾鷲節歌碑が立っています。
 
♪ ままになるなら あの八鬼山を 鍬でならして 通わせる ♪



蛍光塗料で木々に・岩に、殴り書きがしてありますが、
これは悪戯の落書きではないのです。
地主・山の持ち主の儚い抵抗なんです。行政の不備なんです。
植林した杉も勝手には伐採出来ないとか

『折角の自然を…』・『世界遺産なのに…日本の恥や…』 なんて声が
聞こえてきそうですが、へそ曲がりの私の意見は…異見なんです。

考えても見てください。
もし、我家が突然に世界遺産に指定されて 『さわるな!』・『汚すな!』・
『改築は許可が必要』 なんて云われて、観光客にどやどや押しかけられて
踏み散らかされる現状を想像してみてください。
やってられないでしよう。

世界遺産に指定される前に、県が買い取るとか、保証金を決めるとか、
何か穏便に解決する方法が、、なかったのでしようか




八鬼山越えのルートには案内板が完備してます。
 で大きくなります。



行き倒れ巡礼供養碑



八鬼山『石畳道』



籠立場



八鬼山の町石



伊勢内宮清順上人供養碑




八鬼山越えの難所中の難所、七曲がり
途中に
桜茶屋一里塚蓮華石と烏帽子石があります。




八鬼山三宝荒神
あと一息で頂上、ココにはトイレあります。




江戸の道・さくらの森
難所の七曲がりを征服後は、昼食のお弁当を戴きます。



降りは、登り以上に大変です。十五郎茶屋跡を横目に、
膝を庇いながらの下山です。





本日のゴール、三木里の海岸へ全員無事到着しました。




次は
ツヅラト峠越え



 〔後日談〕
 1月30日朝、196号線の奈良県上北山村西原で土砂崩れがあり
 3人の尊い命が犠牲になりました。
 私達のバスが走った2日後の出来事です。人事とは思えません。
 ご冥福を お祈りいたします。