大阪府歩け歩け協会
2007年2月15日
道明寺梅林&古墳群
14`

近鉄・南大阪線 道明寺駅  10:00 集合
近鉄・道明寺駅〜道明寺天満宮〜道明寺〜仲津姫皇后陵〜極楽寺〜大水川散策公園遊歩道〜
津堂城山古墳〜産上神社〜雄略天皇陵〜私立陵南の森〜仲哀天皇陵〜葛井寺〜近鉄藤井寺駅


道明寺天満宮
もともとの名を土師神社といい、この地に住んで はじめて埴輪をつくったと伝わる
土師氏の祖先を祭った神社で、後に土師氏の流れを汲む菅原道真公の霊を祭る
ようになり、今では道真とその叔母の覚寿尼を祭神としています。          0
道明寺と道明寺天満宮は古代、当地に集住した土師氏の氏寺(土師寺)と
氏神(土師神社)の関係に発すると言われており、明治初年の神仏分離ま
では、現在は西隣りある道明寺も当社の境内にあり、両者は一体でした。




道明寺天満宮の梅林


道明寺
当寺は菅原道真公が信心をこめて刻まれた国宝十一面観音菩薩像を本尊とする
古義真言宗の尼寺です。
聖徳太子が、この地に尼僧の寺院を建立されるに当り、
代々仏教文化導入に積極的であった土師という人が邸宅を寄進し、広大な境内に
五重塔、金堂等をはじめとする七堂伽藍の完成を見ました。        

これが当寺の前身土師寺で、その後菅原道真公に依って、道明寺と呼び改めら
れる処となりました。                               

土師氏の後裔菅原道真公が大宰府に下向される時、叔母の覚寿尼を訪ねて当寺
に立寄られ一首を残されています。                        

「啼けばこそ 別れもうけれ 鶏の音の 鳴からむ里の 暁もかな





城山古墳跡で昼食です








野中寺
徳太子と蘇我馬子の建立と 伝えられ「中の太子」と呼ばれています。
創建当時は、野中寺独特の伽藍配置で、竹内街道に面して南大門をおく
大寺院でした。 現在では境内に、塔跡や金堂跡などの飛鳥時代の伽藍
の一部が残っており、国指定の史跡になっています。
野中寺の奥の墓場には、なぜか「お染・久松」のお墓があります。


葛井寺の南にちょっと変わった形の建物がある。岡古墳から出土した舟形埴輪をモチーフとし
まるでノアの箱舟を彷彿とさせる巨大な舟こそ「アイセル・シュラホール」です。(修羅ホール)


本日のコールは藤井寺市ふじゐ寺です。(寺は葛井寺と書きます)
西国三十三カ所霊場・第五番札所で、近鉄南大阪線藤井寺駅から、
南へアーケードの商店街を抜けてゆくと葛井寺の西門と出会います。