2007年5月14〜16日

南蛮文化の平戸を歩く

大阪南港17:20発 船中泊→ 新門司港5:30   九州道=平戸大橋
平戸城 英国記念碑オランダ橋安針の館寺院と協会ザビエル記念聖堂
六角井戸  松浦史料博物館オランダ埠頭常燈の鼻昼食 生月大橋=
塩俵の断崖=博物館・島の館= 九州道=新門司港20:30発 大阪南港

大阪から九州までは。南港〜新門司港の「名門大洋フェリー」、
特二の各ベットにはTVが備えられ、快適な船旅が味わえます。




新門司港〜福岡→伊万里→松浦と経由して平戸大橋を渡り平戸(島)へ入ります。4時間のバス旅です。






オランダ橋(幸橋)
30代藩主・雄香公の命で1702年築造された石造単アーチ橋。架橋技術はオランダ商館建造に
携わった石工・豊前が地元の石工達に伝授したと伝えられています。               
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聖フランシスコ・ザビエル記念教会
寺院に取り囲まれたような天主堂は、1931年(昭6年)建設されました。


六角井戸
寇関係,唐船貿易関係の遺跡として伝承されています。しかし直接中国の工人の指導によってこの井戸が
造られたものとは考えられないが,平戸という唐船貿易のあった港の遺跡の一つとして保存されています。


大蘇鉄・石組み鳥居・サボテンの花にさえ、南蛮文化の香りがするような気が・・・



松浦史料博物館の前の歩道には、『王直』の立像が見受けられます。(下の右写真)
『王直』は中国(明)安徽省歙県の出身。
明政府は民衆の私的な海外渡航や海外貿易を禁止(「海禁」)していましたが、
王直はこの禁を犯して日本や東南アジア方面へ進出しました。
1544年(通説では1543年)、ポルトガル人が種子島に鉄砲を伝えたことはあまりに有名ですが、そのポルトガル人たちを船に乗せて案内したのが
王直だったのです。
王直は、日本の五島列島や平戸に本拠を置き、日本人をも巻き込んで密貿易集団を組織し、中国沿海部で活発な密貿易を行いました。
しかし、明政府の海防責任者・胡宋憲の計略にかかり、1559年に処刑されました。







常燈の鼻
鼻とは突き出したところという意味でしよう。商館があった当時ココに灯台があり、航行の目印となったみたいです。


平戸和蘭商館跡
1609年(慶長14)5月にオランダ商船が初めて平戸に入港し、1641年(寛永18)
長崎出島に移転するまで、日本随一のオランダ貿易港として 賑わいました



昼食処の平戸海上ホテル


鯛茶漬けの昼食のあと、バスに乗車。生月大橋を渡り生月島へ…生月島をバスで周遊です。

生月町は、平戸島の北西に位置する人口約8,000人の島。
生月大橋を渡ると、そこには海と緑に囲まれた大自然が一面に広がり、そのいたるところに
自然の中のくらしから生まれた歴史や文化がたくさんつまっています。



塩俵の断崖


生月・島の館
「島の館」では、江戸時代に日本最大規模を誇った益冨捕鯨の展示をはじめ、
長い迫害に耐えて受け継がれたかくれキリシタンの信仰、
豊かな自然の中で営まれてきた漁業や農業の姿を紹介されております。



長崎・平戸のお土産 「あご」とは、「トビウオ」の事です