2007年11月26日 澤熊講師と歩く歴史探訪

国東宇佐の歴史を訪ねる
11/25〜11/27 (往復夜行フェリー泊)


  大阪南港18:50さんふらわあごーるど
  〜別府港 6:30(朝食)宇佐風土記の丘宇佐神宮
  豊後高田昭和の町さくら茶屋(昼食)富貴寺天念寺川中不動
  真木大堂山香温泉(風の郷)入浴大分港18:40



さんふらわあ・ごーるどは、
11/21より就航の、ピカピカの新造船です。
夜行で九州の別府港へ向かいます。




宇佐風土記の丘・古墳群
宇佐風土記の丘は、駅館川東岸の台地に広がる17万6千平方メートルの史跡公園で、
3世紀から6世紀に造られた6基の前方後円墳を中心にした公園です。
国の史跡である川部、高森古墳群を中心として遊歩道が整備されています。



                       < 国東散策の為の予備知識 >
くにさきの仏たち
平安〜鎌倉にかけて、六郷山文化の最盛期を迎えた国東半島には、平安前期以来の一木造の技法を伝統的に継承した
『六郷山仏所』とでもいうべき仏師集団が形成された。かれらの造立した諸仏には、小ぶりな目鼻立ちの愛らしい表情や撫で
肩で小づくりに引き締まった胸腹部の肉取り、あるいは省略的な彫り口などの共通点がみられるが、そのピークは作品の数
から判断して11〜12世紀あったと考えることができる。
国東の仏像は、富貴寺や真木大堂の諸仏のように、都の仏師がつくった寄木造からなる洗練されたものと、在地の仏師が
つくった一木造りの地方色ゆたかな独特のものとが、中世をとおして造立され続けたところに特色がある。


中世の六郷山
12世紀初頭から、比叡山を中心とする天台宗の傘下にはいった六郷山は、源平の争乱にともなう緒方維栄の乱入などに
より一時的な混乱をみせるが、13世紀前期には鎌倉幕府の祈祷所となり、また六郷山寺院を統括する執行職が設置される
など、その再建が図られた。ここにいたり六郷山寺院は、執行職を中心として本山・中山・末山の三山ごとに権別当が置かれ
これが執行職を補佐する支配体制を確立する。


八幡神と神仏習合
八幡神が鎮座した宇佐地域は古くから仏教が信仰され、7世紀後半以降の古代寺院跡も多い。こうした古代寺院のひとつ、
中央の影響を色濃く示す虚空蔵寺を建立したのが僧
『法蓮』である。続日本書紀によると、彼は8世紀前半、二度にわたって
褒章を得たといい、中央と関わりの深い僧であったとみられる。738(天平10)年、宇佐宮には弥勒神宮寺が建立され、法蓮は
その初代別当になったという。このように宇佐地域の古代仏教の中心人物とも謂うべき法蓮が宇佐宮と関わりを有した事は、
八幡宮と仏教とが融合していくなかで、法蓮が大きな役割を果たした事を推測される。



宇佐神宮
宇佐神宮は全国4万社余りの八幡宮の総本宮です。
八幡さまは応神天皇の御神霊で、欽明天皇の32年(571)に初めて宇佐の地に御示顕になったといわれます。
応神天皇は大陸の文化と産業を輸入、新しい国づくりをされた方で、その神徳は強く顕現し、
神亀2年(725)、聖武天皇の勅願により現社地に御殿を造立、八幡神を奉祀されました。



豊後高田の昭和の町
豊後高田の中心の商店街に、昭和30年代の町並みが残されておりました。
一歩足を踏み入れれば、忘れかけていた古き良き時代が目の前に広がります。




富貴寺
富貴寺は養老2年(718)に仁聞が開基したと伝えられ、境内の富貴寺大堂は平安末期の12世紀後半に創建された
阿弥陀堂形式の建築で、九州最古の木造建築です。国宝となっており、京都の平等院の鳳凰堂、岩手の中尊寺の
金色堂と並ぶ日本三大阿弥陀堂に数えられています。




天念寺
六郷満山の中山本寺で、養老2(718)年仁聞菩薩によって聞基されたといわれ、平安・鎌倉時代には他の寺院と同様に
修験と祈願の寺院として繁栄しました。鎌倉時代の元寇の際には、満山寺院の僧を集めての戦勝祈願の法要が盛んに
行われたとも伝えられています。周囲の景観はその美しさから「天念寺耶馬」と呼称されて人々に広く愛されており、加え
てこの寺では六郷満山古来の正月行事である「修正鬼会」が現在でも行われていることでも知られています。
天念寺に併設する伝統文化伝習施設「鬼会の里」には、国の重要文化財である阿弥陀如来立像が展示されております。




身濯神社(みそそぎじんじゃ)
天念寺の本堂と講堂に挟まれた位置にある身濯神社は、
明治の神仏分離以前は、六所権現と呼ばれておりました。
八幡神と関わりが深い神々が祀られており、長岩屋鎮守社として信仰されています。




中不動
天念寺の前を流れる長岩屋川には、川中の巨岩に不動三尊が刻まれています。
この川は幾度となく氾濫を繰り返したため水害除けに刻まれたと伝えられています。

0




無明の橋
天念寺パーキングから仰ぎ見ると、遥か天空に石橋が見えます。
一度は渡ってみたいけど・・・石橋の幅は・・・どれくらい?、国東半島峯入りの行場らしい。
よほどの修行を積んだ者でないと無理かも・・・私も無理かも・・・多分無理
 (「旅ありて」さんのサイト)




元宮磨崖仏
田染真中の県道655号線そばにある元宮八幡の境内北側の岩壁にある元宮磨崖仏。高さ3m、幅6mほどの 仏龕をもうけ、向って右から @毘沙門天 A矜羯羅童子B不動明王 C持国天 D地蔵菩薩の五躯の5立像が薄肉彫されています。
制作年代は室町時代(1394〜1573)後期と推定されており、“地蔵菩薩の五躯”は後の時代の追刻であろうといわれ、昭和30年には国指定史跡となっています。





真木大堂
仁聞菩薩によって養老年間(717〜23)の開基といわれています。宇佐神宮の境外寺院として建てられもので、六郷満山中山本寺
のひとつで伝乗寺といっていたようです。36坊の霊場を有した国東最大の寺院であったが約700年前に火災のため焼失しました。
現在は江戸時代に再建された小さな大堂と収納庫が建っているのみであるが、収納庫には藤原時代の九体の仏像が安置されて
います。その中の阿弥陀如来座像と四天王立像は重要文化財となっています。