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2009年9月12日

新シリーズD熊野古道
上野王子跡・津井(叶)王子跡・斑鳩王子跡・
切目王子跡・切目中山王子跡・岩代駅


地図はクリックで、大きくなります。



仏井戸
中世に上野王子社はいったん焼失。その後、本地仏を刻んだ
一枚岩を井戸の底に沈めてj祀ったとされています。





上野王子跡
九十九王子の一つで、61番目。社殿は現存しない。御坊市名田町上野の集落のはずれ、
市民センターの前に江戸時代の跡地を示す標柱があります。




清姫の腰掛け石
御坊市は、安珍清姫に関する遺跡が多い処です。清姫に習って腰掛けてみました。





叶王子跡(津井王子)
津井王子と叶王子が別々にあったとされる説もありますが、
津井王子社が移設されて叶王子になったとされる説が有力です。
「夢が叶う」・「願いが叶う」.叶王子の方が、大衆に親しまれた為
でしょうか。









斑鳩王子跡

イカルガ王子は印南町光川に鎮座し、近世「富王子」といわれていました。熊野九十九王子の中でも最も創立の古い神社で、平安時代、塩屋、切目、岩代の各王子とともに栄えていました。
「中右記」の天仁2年(1109)10月20日の記事に「・・・次に伊南の里を過ぎ、次にイカルガ王子に奉幣云云」とあり、この宮の古さを知ることができます。この辺りの地名を光川というのは「イカルガ」から転じて光川の字を当てたからでありましょう。(印南町HPより)






万葉歌碑

殺目山 行きかふ道の 朝霞 ほのかにだにや 妹に逢はざらむ (巻12−3037)
(きりめやま ゆきかふみちの あさがすみ ほのかにだにや いもにあはざらむ)

万葉集巻十二の「寄物陳思」部に収められた歌で、霞に寄せて恋の思いを述べています。
この歌に作者名は記されていません。






切目王子跡

創建年代は社伝によれば崇神天皇の代にさかのぼるとされ、
熊野権現が一時鎮座した地であったとも言う(『長寛勘文』)


切目王子は、九十九王子の内の、五体王子の一社です。
九十九王子とは、熊野古道沿いに在する神社のうち、主に12世紀から13世紀にかけて、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験の手で急速に組織された一群の神社をいい、参詣者の守護が祈願された。したがって、その分布は紀伊路・中辺路の沿道に限られています。
九十九王子の中に五体王子と呼ばれる王子があり、他とは格式を異にするとされています。これらは一般に、熊野の主神の御子神ないし眷属神として三山に祀られる神々のなかでも、五所王子と呼ばれる神々(若一王子・禅師宮・聖宮・児宮・子守宮)を祀る神社であり、三山から勧請したものと考えられている。
いずれの王子を五体王子に数えるかは、解釈の相違があり、修明門院参詣記では籾井(樫井)・藤代・稲葉根の3社を挙げるが、後鳥羽院参詣記は藤代王子のみが該当し、稲葉根王子がこれに準じるとしていますが、他の列挙例もあって一貫しないのです。現在では、諸史料から最小公倍数をとって、
藤代王子切目王子稲葉根王子滝尻王子発心門王子の5社とするのが
一般的のようです。







かどや(昼食)





切目中山王子跡
切目王子から旧街道沿いに東南へ進んで紀勢本線の線路を越え、
榎峠のやや手前にある中山王子神社が切目中山王子跡です。





ゴールの岩代駅
切目中山神社から榎木峠を越えると、本日のゴール岩代駅です。