2007年7月21日
     澤熊講師と歩く湖北の観音さま

(湖北の仏教文化と伊香三十三観音巡りウォーク)
〔第3回〕



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大阪茶屋町 名神=湖西線 道の駅・あどがわ
西浅井・正応寺 
→ 神照寺 0 昼食 (ラ・ピラミッド) 
I伝塔寺(北布施の観音)千手堂(大音の観音)大澤寺観音寺(黒田の観音)
安念寺(芋観音)
伊香具神社 木之本IC = 名神大阪梅田


本日の天気予報は・・・…降水確率70%以上・・・…確実に雨・・・…絶対に雨
雨にも負けず・・・予定通りバスは発車しましたが、日頃の精進が幸いしてか
傘不要の一日で御座いました。これも観音様のお陰でしょうか。

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一口メモ
観音様の誓願について、「悲華経」によると、『われ菩薩道を行ぜしとき、もし衆生がもろもろの苦悩恐怖をうけ、
憂愁孤窮して救護あることなく、如何ともするあたわざるとき、もしわれを念じ、わが名字を称うるならば、われは
如何にあるも、天耳をもって聞き、天眼をもって見、それらの苦悩を救済するであろう。もし1人たりとも斯の苦悩
をまぬかれざるものあれば、われは永遠に仏とならぬであろう。』
とあります。
これは観音菩薩様の使命を明快に語る一節でありますが、菩薩とは悟りを求め修行している人のこと・・・
それは文殊や普賢、虚空蔵、地蔵も同じで、ただそれぞれの菩薩様は、皆それぞれの誓願をもつて生まれ、
その誓願を実現する使命を与えられています。



正応寺
観音菩薩(西浅井町余)
曹洞宗の格式高い寺として知られるこの寺には、永平寺から移築された
と伝わる山門があります。2階建ての山門で、2階は鐘楼となっています



神照寺
十一面観音坐像 (西浅井町塩津中)
26cmの桧一本造り・・・坐像の観音様は珍しいお姿です。


昼食処、北近江・ラピラミッド


伝塔寺(北布施の観音)
聖観音

伝教大師の創立とされ、伊香具坂神社の神宮寺であったと伝わる。


千手堂(大音の観音)
十一面観音

弘法大師の作と伝えられ、当地を開拓した際に付けられた山路の通路安全のためにお堂に祀られたと伝えられています。


大澤寺(高観音さん)
千手観音

大澤神社に祀られていたが賤ヶ岳の合戦の折、村人らによりお助けされ、
行基作と伝わり、小ぶりではあるが均整のとれた確かな彫りの仏様です。


御堂のすぐ下の鐘堂に吊されている鐘は、賤ヶ岳の合戦の際、柴田軍家臣
佐久間盛政が秀吉の木之本着陣を知らせるため打ち鳴らしたと伝えられる。




観音寺(黒田の観音)
准胝観音

優雅高尚で衣褶は下半身に集中、煩雑な装飾はなく、
等身を超える巨像で18本の腕を持つ姿がひときわ異彩




安念寺(いも観音)
戦国の 兵火を逃れるため 村人らにより 土中に 埋められ、
その後余呉川で洗い浄められ安置されたと伝わっています



伊香具神社
境内案内板 「伊香」と書いて古くは「いかご」あるいは「いかぐ」と発音しました。ですから万葉集ではこの背後の山すなわち
賊ケ岳連山を「伊香山」と書いて「いかご山」と読ませています。そしてその名は古事記に出てくる火の神「 具土の神」の徳を受
けられたところからきているようで、そのことはこの社のすぐうしろの山の小字名を「かぐ山」とよび、又摂社に有る「意太神社」の
御祭神「迦具土の神」となっていることからも証明されます。それで昔からこの神社は「火伏せの神」「防火の神」としての信者が
大変多く、特に火をよく使う商売の人々の間にその霊験は大変あらたかといわれてその加護を祈る人があとをたちません。
 さて伊香具神社の御祭神「伊香津臣命」という神様は、神武天皇に仕えて総理大臣の役を果たされた天児屋根命第七代目の
子孫にあたられる位の高い方で後の中臣氏(藤原鎌足らの氏族)らの祖先でもある方です。
 九世紀の後半当神社の神官で伊香津臣命から第十六代目にあたる伊香厚行という人は、中央政府でも活躍され菅原道真公
との進交が有りました。菅原道真公は幼小の時この北方にある菅山寺という寺で修業されたこともあってこの伊香具神社を厚く
信仰され、自筆の法華経、金光明経を奉納されました。また宇多天皇に申し上げて「正一位勲一等大社大名神」の額を賜りました。
そして当時制定された「延喜式」においては大社大名神という高い格を与えられておりました。この「延喜式」に記載された神社を
「延喜式内社」とよんで古くから信仰の厚かった由緒のある神社とみなされていますが、近江一五五座のうち伊香郡は全国的に
みても特に集中して多く当伊香具神社の大社一の他小社四十五座を数えています。
 後に足利尊氏が天下を取った時には 特に二百石の領地を捧げ毎年正月、五月、九月の十八日に 国内の無事を祈るための
祈祷祭を依頼されました。以後祭儀は今も絶えることなく続けられています。


伊香式鳥居 
神社の正面に両翼を広げたこの鳥居は奈良の三輪式鳥居と安芸の厳島式鳥居が組み合わさった様な形をしている。
その昔、この神社のすぐ前が伊香小江と云う入江であり後方の山が伊香山とよばれた神奈備であったので、これら湖の神様と
山の神様にあわせ捧げる意味でこの鳥居が作られたものです。






伊香三十三観音様の朱印帳