2007年9月1日
     澤熊講師と歩く湖北の観音さま

(湖北の仏教文化と伊香三十三観音巡りウォーク)
〔第5回〕



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0大阪梅田茶屋町名神=北陸道木之本IC→28中林寺(29西林寺)
030東林寺→洞寿院→昼食(ラ・ピラミッド)→弘善館(菅山寺・里坊)→医王寺→木之本・IC
                      北陸道=名神大阪


湖北の観音巡りも今回で五回目、過去四回は高月・木之本の観音様を巡っておりましたが、今回から余呉地区
へ入ります。
余呉は、南部には余呉湖を擁し、琵琶湖との間には賤ヶ岳があり、南の木之本町との境界を成しています。湖から福井県境までの北
側はほとんどが山林で占められ、南北に通る
余呉川と国道(北国街道)沿いも山深く冬季の積雪が多く、1981年(昭和56年)には最北部
の中河内地区で積雪量6m65cmを記録して、日本最南端の
特別豪雪地帯に指定されています。



東岳山・中林寺
(上丹生)

菅山寺末寺の真言宗で 神仏習合時代に丹生神社境内にあった寺院でしたが 、明治初年 寺院は廃され、
堂内にあった本尊観音菩薩は 昭和29年 ここに移されました。 本尊、前立の2体からなる聖観音菩薩であり
ます。 本尊は秘仏でありますが 、前立はいつでも拝することができます。 両仏とも 像高1メートル程で造り
も像形もよく似ているので、同時代 同仏師により作られたものかと思われます。(余呉町広報)


明治の頃 上丹生には清福庵 ( 橋本 ) 、永伝庵 、自在庵 、源昌庵 と 洞寿院 の小末寺が五ヶ寺ありました。
記録によると更に 全秀庵 、ァ徹庵 、祖心庵 、成就庵などの名もあり 、少し金のある人が持つ私庵のような
ものであったのかと思われます。 これら小寺は経営難から次々と廃寺となり、最後は源昌庵 ( 現在源昌寺 )
に統合されました。 源昌寺は 曹洞宗の寺院のみでなく真言宗の 東岳山中林寺 や 西洞山福泉寺 の仏像も
預かっているので、ここに参拝するといろいろの仏像に接することができます。
 曹洞宗寺院の仏像は釈迦三尊で 中央に釈迦如来 、脇侍に文殊菩薩・普賢菩薩をまつるのが普通であるが
この寺では 阿弥陀如来 や 弥勒菩薩 も祭られています。 特にここの文殊菩薩は 見返り文殊といわれ、獅子
の上にたち 顔を横に向けられた珍しい仏像です。
(余呉町広報)



雨洞山・西林寺
(上 丹 生)

西林寺は山の上に・・・今日は時間が無い為、下からのお参りです。

標高六九三メートルの七々頭巌の山頂にある堂が西林寺です。



千花山・東林寺
菅並にある千花山東林寺のご本尊は、像高172・7cmの檜の一本造りで、飾りけのない質素な作と有りますが
秘仏で、拝することは叶いませんでした。
像背面には「
奉造観進・泰恒未縁支・清氏・建保囚年漆月」と記されていて、寺伝によると建保四年の秋、
比叡山の僧泰恒法師この地に布教し、自から尊像を刻み、村人と諮り、精舎を建て千花山東柿寺と名づく

あります。





塩谷山・洞寿院
(菅並)
洞寿院は室町初期、応永十三年丙戌如仲天闇禅師によって開かれた曹洞宗の名刹である。詳しくは塩谷山
洞寿院護国禅寺といい、菅並の村はずれ妙理の谷間に建つ道場である。四周山に囲まれ中国五台山に似た
る景勝の地、後に妙理の山をひかえ、白山妙理権現の護法によって塩泉が湧き出たことから塩谷山と号し、
長寿福徳円満の境として洞寿院と名づく。寺院は世俗を離れ溪声山色自然をたたえ幽遂の境地である。
(余呉観光協会メモ)
洞寿院は、代々優れた住僧を得て、法灯を守り今日に至っています。その間・京都 鹿ケ谷霊鑑寺宮家の尊崇を
受け、
菊の御紋章を許されました。又、徳川二第将軍・秀忠公により、御朱印地として30石の領地を与えられ
ると共に、徳川家の
葵の紋章を寺紋とすることを許されました。寺の至る所に、菊や葵の紋章が見られるのは
そのためです。

 すごく立派なお堂ですが、現在は無人・・・村人が交代で管理とは・・・その無用心さに・・・おどろきです。



弘善館(菅山寺の里坊)
天満宮、菅山寺の本殿は山上にあり坂口の里より徒歩約50分かかりますが、ココ里坊弘善館は余呉町
坂口のバス停(365号線)より約200米参道入口の近くにあります。弘善館には菅公勉学時の十一歳の像、
本地沸の十一面観音像など菅公ゆかりの品と菅山寺宝物資料を展示されてます。

天女の子どもといわれる菅原道真ゆかりの菅山寺
民話『天女と太夫』のなかに出てきた、天女が生んだ子どもが預けられたとされる山寺。聡明だった子どもは、
菅山寺に参詣に来た菅原是清の目にとまり、養子として京へ行くことになりました。その子どもが、のちの学問
の神さま・
菅原道真公だったといいます。



大箕山・菅山寺
菅山寺の山門には巨大な2本のケヤキの木がありますが、これは道真が45歳の時に植えたとされるもの。
菅山寺は、いまは無人ですが、十一面観音菩薩像や道真公が池に自らを映して刻んだとされる等身像、道真
が11歳の時に詠んだとされる五言詩などの寺宝は、里の
弘善館に保存されています。


この案内書の写真を見ると、是非登ってみたい・・・前出の西林寺と此の菅山寺・2ケ所を一日で・・・無理かナ〜



本日のお土産・・・弘善館に至る道中に菊水飴本舗という飴屋さんがありました。
滋賀県余呉町のホームページには、特産品・シイタケ アユ ウナギ モロコ 山菜煮 田舎味噌 ワカサギ ・
の筆頭に『菊水あめが・・・水あめ630円をお土産に買いました。

お土産を買った後は、余呉町とわかれ・・・木之本町へ入ります。



紫雲山・医王寺
(木之本町)
高時川を見下ろす静かな山間に立つ無住の観音堂内に、細い目と薄い唇の端正な顔立ちが印象的な十一面
観音立像(重要文化財)がいらっしゃいます。平安時代後期の作で、像高145.4cm、クスノキの一本造り。
井上靖の小説星と祭に、清純な乙女の姿をモデルにした観音さま、として紹介されて有名になりました。