2007年11月15日
     澤熊講師と歩く湖東の観音さまG

湖東の秘仏・十一面観音

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大阪 梅田茶屋町7:30発 名神=京都東IC  =  (湖西)道の駅「あどがわ」
東門院(守山寺)・福林寺昼食「米プラザ」近江八幡
あきんどの
日牟礼八幡宮八幡堀願成就寺八幡堀蓮長寺
鮎家の郷→



東門院(守山寺)
延暦寺開基に際して四境に門が構えられ、比叡山の東門として建立したのが始まりといわれている天台宗の寺。
寺名もそこに由来していますが、
比叡山を守るという意味で守山寺とも呼ばれました。
約4000平方メートルの境内に、江戸時代の建築といわれる本堂・庫裏(くり)・仁王門・護摩堂(ごまどう)などが木々
に囲まれて立ち並ぶ立派な寺でしたが、昭和61年(1986)、本堂・庫裏・諸仏が惜しくも焼失しました。本堂に安置され
佳作と讃えられていた十一面観音像も本堂とともに焼けましたが、その後修復されています。




福林寺
天台宗の寺で、平安時代初期の最澄の開基と伝えられています。
こじんまりとした境内には、ひっそりと本堂・庫裏・観音堂・表門が建っていますが、奥の収蔵庫に納められている
本尊の木造十一面観音立像は有名です。
寺伝によると、平安時代末期の最澄による作品で、国指定の重要文化財です。高さ1.8m、月光を光背として五色
の蓮華台座(れんげだいざ)に立ち、豊かな頬やまろやかな肩、胸部、衣の線が非常に美しいです。




(昼食)道の駅・米プラザ



近江八幡・八幡堀
「八幡堀」は約400年前に豊臣秀次が八幡城を築いたときに城の周囲に巡らされた堀です。
この堀は軍事的な側面の他に、当時の全国の物資流通の要であった琵琶湖を通過する船団に、
八幡浦への経由を義務づけ、この町を陸上交通との連絡の場にしようとする商業的な側面も併せもったものでした。




願成就寺
聖徳太子が勅により近江国内に48ケ寺を建立した際、最後にこの寺を開基したので、この寺名になったといわれています。
当初は八幡山南西の地にありましたが、八幡城築城のため鷹飼に移し、天正14年(1586)現地に移転されました。

木造十一面観音立像と、木造地蔵菩薩立像は共に重文に指定されています。



蓮長寺(比留田観音堂)
蓮長寺十ー面観音立像は、かっては天台系の高福寺という寺院に伝わった像といわれ、火災によって
廃寺となった後、本像のみが飛地境内にあった観音堂に安 置 されていました。
永年信徒によって守られてきたが、現在は蓮長寺の管理となって境内の収蔵庫に安置されています。
ほぼ等身大の像高166cmの像で、宝髻から裳裾まで、内刳は施されていない、ヒノキの一木造りです。
左手に花瓶・右手は垂下し中品印を結んで微笑をたたえたふくよかな温顔、半ば閉じた目蓋からの優し
い眼差し、豊かな胸の肉盛り、左に腰を大きく捻ったポーズは像の大きな特徴です。




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