2005年9月23日 大阪府歩け歩け協会・バスウォーク

岡山県高梁市
吹屋ふるさと村散策


大阪駅前8時発・・・中国道渋滞・・・新見・吹屋12時16分着  バス2台
廃校の坂本小学校、在りし昔を偲び一同で「仰げば尊し」を唄いました。


西江邸
     銅山経営とベンガラで財をなした西江家の豪邸。もとは武士の出で、のちに銅山が幕府の御用山となり
     奉行のような権限も持たされていたといい、お裁きをした白洲(しらす)も残る。
吹屋小学校
明治時代に建てられた国内最古の現役木造校舎、現在の全校児童は(6人)です。
     吹屋ふるさと村
     標高五五〇bの山嶺に塗込造りベンガラ格子の堂々たる町屋が建ち並んでいるのは江戸時代から
     明治にかけて、中国地方第一の鉱山町に加えて江戸末期からベンガラという特産品の生産がかさなり
     当時の工鉱業地として大いに繁昌した面影である。幕末から明治にかけて吹屋はむしろ「弁柄の町」と
     して全国に知られ、しかも吹屋街道が拠点として、銅や中国山地で生産される砂鉄、薪炭、雑穀を集散
     する問屋も多く、備中北部から荷馬の行列が吹屋に続き旅籠や飲食店の立ち並ぶ山間の市場として
     吹屋の繁昌を保っていました。
     ベンガラ陶芸館
     ベンガラは成羽町吹屋の特産物として全国唯一の生産地であり、陶器、漆器、建造物、船舶等に高級
     塗料として使用されてきました。鉱山の捨石から偶然発見された天然弁柄は非常に高級品として名を出し
     全国に販路を作っていったのです。ベンガラには数段階のランクがあり、高級品は陶磁器の模様書き
     (九谷、伊万里、薩摩等)漆器の下塗(輪島・讃岐等)家具塗装、染料、印肉、船舶錆止め等、非常に広範
     囲に使われ、古くから貴重品として扱われてきました。
     笹畝(ささうね)坑道(吹屋銅山)
     笹畝坑道は多くの銅山抗口がある中でも比較的変化に富み,当時の面影を残す坑道跡で,昭和53年度
     吹屋ふるさと村整備事業として復元整備され,昭和54年11月から一般に公開している
金精神社
     広兼邸(ひろかね)
     広兼氏は大野呂の庄屋で、同家2代元治が享和、文化の頃小泉銅山とローハ製造(ベンガラ)を営み巨大
     な富を築き、徳川末期に建てられた楼門づくり城郭にまがうばかりの石垣は今もそのままに当時の富豪を
     偲ばせている。堂々とした石垣の上に1810年建築の2階建ての母屋、そして大正時代に建築された離れ
     が並び建つ豪邸。近年は横溝正史の「八つ墓村」のロケ地として すっかり有名になりました。
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