2008年4月7〜9日
球麿川下りと城下町・人吉


大阪南港かもめ埠頭(船中泊)〜宮崎港=(バス)=人吉IC=球麿川下り=昼食・「レストラン森林」
人吉城跡&人吉市外散策(歴史館・城跡巡り・鍛治屋町・永国寺・青井阿蘇神社・焼酎蔵・等)

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日本人は「三大○○○」と云うのが好きです。
「三大名山」とは、富士山、立山、白山 、
「三大雪渓」は、白馬大雪渓、針ノ木大雪渓、剱沢大雪渓 
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「三大神滝」は、那智の滝、華厳の滝、布引の滝 、
「三大温泉」は、別府温泉、湯布院温泉、伊東温泉
「三大巨桜」は、三春滝桜、淡墨桜、神代桜 、
「日本三景」は、松島、天橋立、安芸の宮島       
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「三中華街」、横浜中華街、神戸南京町、長崎新地中華街 、
「三大鍾乳洞」は龍泉洞、秋芳洞、龍河洞

そして、「三大急流」と云えば、最上川富士川球磨川
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最上川と富士川は時々耳にする名前で、想像が付くのですが・・・球麿川?・・・
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そうだ〜、球磨焼酎で有名な熊本県球磨村なんダ〜、
(JR人吉駅→徒歩15分で人吉乗船場、JR渡駅→徒歩5分で渡乗船場へ)

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今回の九州上陸は宮崎港です。 大阪湾→紀伊水道→室戸岬→足摺岬→日向灘→宮崎港
さすが外洋・・・瀬戸内海とは、比べ物にならない荒波、船酔いを警戒して21:00には寝る事に



残念です、日本三大急流に上げられる、お目当ての球麿川の「激流下り」が、
渇水の為「清流下り」に変更ですって・・・ 残念・・・本当に残念です。

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お天気には恵まれたのですが・・・水量が少なく、船底を擦って船が壊れる心配があるとかで
少し上流を、ゆっくり・のんびり・約90分の船下りです。

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本当は、こんな激流に揉まれて、きゃァ・きゃァと、悲鳴連発の船下りの予定だったのですよ



昼食処の「球泉洞・レストラン森林」




人吉城歴史館
 2005年12月2日、人吉城跡の一角に人吉城歴史館がオープン
鎌倉時代以来の領主・相良氏の歴史を見ながら、その居城である人吉城跡の構造や特徴を解説している施設です。
展示品には人吉藩の領域を絵図にした長さ12メートルの「球磨絵図」や、500分の1スケールの人吉城・城下町模型。
三日月文様の入った人吉城跡出土とされる霊石、そして何よりも発掘された「井戸のある地下室」は圧巻です。




人吉城跡
球磨川の川面に深い影をおとす人吉城は、もと平頼盛の代官矢瀬主馬助の山城でしたが、建久9年(1198)相良長頼が
矢瀬氏を滅して城主となった。以来、明治維新による廃藩置県まで700年、相良氏が歴代にわたって居城としました。
繊月城という別名をもち、球磨川と胸川を自然の堀とし、球磨川に迫る険しい地形を利用した要害といえます。
城の建物は享和2年(1802)、文久2年(1862)の失火と、西南の役の兵火に焼けて現存していないが、近世初期に築か
れた本丸石垣や石段、古井戸などが歴然と残り、当時をしのぶことができます。
水手門の武者返し(刎ね出し)は、北海道の五稜郭に倣った新様式で、城跡全域が国の史跡になっています。




城内には、球磨出身の音楽家、犬童球渓の歌碑がありました。




鍛治屋町
小京都人吉市の中心部に位置する鍛冶屋町。相良藩時代、66軒の鍛冶屋が軒を並べ、刃物や銃、農具などの一大産地でした。
今も2軒の鍛冶屋が残り、昔の面影を残す職人の町として親しまれています。
石畳を歩けば、古きよき時代へタイムスリップしたかのよう
・・・


鍛冶屋町で見かけた豪華・注連縄、人吉には注連縄コンクールでも、あるのでしょうか。

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ウンスンカルタは、江戸時代に全国的に流行したが、寛政の改革(1787〜93)で禁止されて すたれました。
ところが、九州の人吉だけには残ったのです。



球磨焼酎
球磨川の清流から生まれた人吉の球磨焼酎は、28の蔵がひしめきあっています。
その内の一軒、「織月」の蔵を見学・・・試飲も充分にいただきました。




永国寺(幽霊寺)
別名ゆうれい寺。迫力ある『ゆうれい掛軸』が常時開帳されていることで有名です。寺を創建した実底和尚が、夜な夜な
境内の池に現れる幽霊を描いたもので、これを幽霊に見せると、あまりの自分の醜さに驚き、以後現れなくなったと伝え
られています。その池は寺の裏にあり、夏はスイレンが美しい。また、西郷隆盛が西南戦争の際に本陣として利用したこ
とでも知られています。





武家蔵
門の前には武家屋敷の表示とともに「西郷隆盛宿舎跡」の看板が立っています。
永国寺に本陣を置き、こちらに宿泊したのです。

この屋敷の正面に建つ堀合門(ほりあいもん)は、人吉城が明治4年の廃藩置県で取り壊される際に、相良家一族
であった
新宮簡氏が35代藩主 相良頼基公から拝領して自宅の門にしたもので、もともとは人吉城の武者返しの
横にあったのだそうです。



青井阿蘇神社
昨年鎮座1200年を迎えた歴史ある神社です。健磐龍命、その妃の阿蘇津媛命、お二人の子供の國造速甕玉命
を祀っています。

この楼門・拝殿・幣殿・本殿は国の需要文化財に指定されています。大同元年(806)の創建、慶長18年(1612)に
再建されたもので、桃山時代の豪壮な建築様式を伝えています。楼門の四隅には 鬼面が掘り込まれているのも
特徴です。