2008年・今年秋から西国巡礼中興の祖である、花山法皇の一千年遠忌を記念し、
三十三観音霊場こぞっての秘仏の総御開帳が行われます。
コレを機会に
1999年7月11日以後、しばらく途絶えていた我が「西国の歩き遍路」を再開することにしました。


2008年11月9日・・・向かうは、西国三十三番札所・29番の松尾寺です。
JR大阪駅07:14発福知山行きに乗車
JR福知山09:34着・・・09:44東舞鶴行きに乗り換え
JR西舞鶴10:20着

今回のスタート地点東舞鶴駅前は・、もうすっかり秋色でした。


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折角来たのだからと田辺城へ立ち寄りまr。(西舞鶴駅から徒歩5分)

田辺城は戦国時代から江戸時代にかけての城で別名を
舞鶴城と云い、1578年(天正6年)織田信長の命によって守護大名の一色義道を滅ぼし、丹後を制圧した細川藤孝(幽斎)がこの地を与えられ、はじめは宮津城を居城としたが、畿内に近く交通の要所であった加佐郡田辺の地に、田辺城を築き、丹後経営の中心としました。隠居後は、子の細川忠興が入城。

現在は、「舞鶴公園」と呼ばれ桜の名所としても有名。
また「舞鶴」の地名は田辺城の別称「舞鶴城」に由来しています。



さて、今日は西舞鶴から東舞鶴へ、出来るだけJRの線路沿いを歩くのですが
地図で見ると、途中に
白鳥峠&双鶴通洞というトンネルがあり、
峠を越えるべきか
?、トンネルの中を進むか?

コノ道は交通量激しく、その上トンネルは歩道ナシ
トンネルの横に『西国古道』の立て札がありましたので、峠越えかと暫く進みましたが
道は荒れ放題、草茫々で進むこと叶わず後戻り・・・結局、トンネルを抜ける事に・・・



0京都府北部の中核都市である舞鶴市は古より城下町があり商都として栄えた西舞鶴と、
0軍港として栄えた東舞鶴にわかれて発展しており、その
双鶴を結ぶ主要幹線の1つで
0あるJR舞鶴線と京都府道28号小倉西舞鶴線に
白鳥峠(双鶴通洞)があります。




意外に早く・・・
西舞鶴を朝食と城見学の後、11時に出発して・・・約3時間・・・
予約を入れておいた駅前のビジネスホテルにチェックイン

朝が早かったので、このタップリ時間が良い休息になりましたョ。

間食に塩ラーメンを食べたら、凄く塩辛い・・・舞鶴の塩ラーメンは塩辛過ぎ・・・
今後、舞鶴で注文する時は『塩抜き』の塩ラーメンを頼みましょう・?・?・?・ネ


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明けて11月10日
東舞鶴には「引揚記念館」や「赤レンガの街」等々、見どころも多いのですが
今日は素通り・・・松尾寺へ向け、R27を東へ





JR松尾寺駅前からは、国道と分かれて地道を行きます。




「松尾寺口」バス停から舗装された車道を少し進むと、「上り近道」の道案内がありました。
大丈夫かナ〜と思うような寂しい道です。

もし蝮や蜂が出てきたら
・・・なんて考えながら、
昨夜の雨で湿った落ち葉を、踏みしめ・踏みしめ・・・進まんと、しゃァない。




近道を過ぎガードレールのある車道へ出るとスグ大型車専用の駐車場、
その駐車場から目指す松尾寺は、もう目と鼻の先です。



着きました!!
西国三十三箇所第29番札所
舞鶴市と福井県大飯郡高浜町との境にある青葉山の山腹に位置します。
寺伝によれば、中国から渡来した威光上人が慶雲5年(708年)ここに草庵を結び
馬頭観音像を安置したのが創始とされています。


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松尾寺の松尾心空元住職自身も徒歩巡礼仲間で「アリの会」を結成。西国三十三所巡礼を
計5回歩き、三十三所の古道地図や歩行禅に関する著作、小説や説教集も出されています。

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この松尾寺の秘仏の馬頭観音は、昭和6年以後・77年ぶりのご開帳とか・・・
カメラ・ビデオは勿論禁止。絵葉書のお姿さえも、用意されていませんでした。


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チョッと寄り道
0東舞鶴〜松尾寺の道中、軽自動車の村人に呼び止められました。
0『松尾さんへお参りですか、途中の金剛院へも立ち寄って下さい。
 いま紅葉が綺麗ですよ』・・・と。
0勿論・・・もちろん・・・国道から1キロほど山手に入らねばなりませんが、
 これも何かのご縁ですネ。
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三十三ヶ所・結縁御開帳の詳細



  


             

2008年11月9〜10日