過去・歩き終わった記録は
海南市の藤白神社から2番の紀三井寺までが抜けていましたので、
本日はその穴埋めウォークです。


大阪駅08:04発・紀州路快速=和歌山駅09:32着〜和歌山駅09:43紀勢本線・御坊行=海南駅09:56着
JR海南駅祓戸王子跡鈴木屋敷跡藤白神社山城洞紀三井寺和歌山城 = 紀州路快速



 本日のスタートはJR海南駅・・・
 紀三井寺へ向かうのですが、本当のスタートは藤白神社にしたいので、約1.4q戻ります。


JR海南駅を降りると、そこは海南市名高町という。万葉で詠まれた「名高の浦」の名を残す地です。
でも、そこには海はない。和歌浦湾の南へ続く海岸線は海南市辺りで大きくその姿を変えています。
関西電力の火力発電所・住友金属の鉄塔。さらには現在市の中心街となっている駅前商店街・
市役所等の官庁。そして石油精製の大きなタンク。これらはすべて海を埋め立てた干拓地に林立。
万葉の頃の海はもうありません。干拓前までこの辺りを
黒江湾と言っていました。

 ここが万葉で歌われた「黒牛潟」です。
 ♪、黒牛の海紅にほふももしきの大宮人しあさりすらしも(7-1218)
 ♪、黒牛潟潮干の浦を紅の玉裳裾引き行くは誰が妻(9-1672)
 ♪、古に妹とわが見しぬばたまの黒牛潟を見ればばさぶしも(9-1798)

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 駅前には立派な万葉歌碑があります
 ♪、紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを (巻11-2780)
 ♪、紀の海の名高の浦に寄する波音高きかも逢はぬ子ゆゑに
(巻11-2730)
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 海南駅から藤白神社へ向かう途中〔中頃〕に、熊野古道の祓戸王子跡の案内矢印があります。
 いにしえの雰囲気が残る10分足らずの山道です。一見の価値あり、ぜひお立ち寄りを・・・






 藤白神社の少し手前に、全国・鈴木姓のルーツ、鈴木邸跡があります。
 立ち寄るというより、右に回ればスグそこです・・・そのまま裏の池?を越えれば
 藤白神社・一の鳥居前に出ることが出来ますよ






 藤白神社・一の鳥居
 「これより熊野路のはじめ」と書かれた石碑があり、熊野三山の入口とされています、






 さて、いよいよ西国遍路のはじまりです。電柱に津波の警告が貼り出されています。
 懸念される南海地震では、コノ辺りまで津波の危険があるのでしょうか






 R161と交差する羽鳥橋までは、R135を進みます。
 バス停「池崎通り」の先の
山城洞と名付けられたトンネルは狭い
 昔はトンネルは無かったハズと、峠越え道を探すもみつからズ・・・
 行き交う車を避けながらトンネルを抜けます。


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 立派なお屋敷と思ったら「造り酒屋」でした。旧街道に残る酒造は何処もご立派です。


 なだらかな黒江坂を越えた頃、道が二つに分かれます。真っ直ぐ行くとJR黒江駅
 左の道を進み、小さな峠を越えると和歌山市に入ります。




 羽鳥橋を渡って約200m、真っ直ぐ進むと42号線に出てしまいますので要注意
                               右の細い道を進みます。









 西国三十三番、第二番札所紀三井寺
 正式には紀三井山金剛宝寺護国院という当時の名称を知る人は少なく 全国に
 紀三井寺の名で知られていますが、この紀三井寺とは、紀州にある、三つの井戸
 が有るお寺ということで名付けられたといわれ、今も境内には、
清浄水楊柳水
 吉祥水の三井より清水がこんこんと湧き出して、年中絶えることがありません。
 (紀三井寺の三井水は昭和60年3月、環境庁より日本名水百選に選ばれました





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 紀三井寺のお参りが1時に終わり、少し遅い昼食の後、
 紀勢本線の列車の本数が少ない事でもあり、
 折角来たのだからと
和歌山城まで歩く事にしました。



 和歌山城
 八代将軍「吉宗のふるさと和歌山市」の中心,こんもりと緑茂る
虎伏山に和歌山城天守閣が
 そびえ,天守閣に登れば,和歌山市街が見渡せます。
 和歌山城は,天正13年(1585)に紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始ま
 りです。その築城を担当したのが,築城の名人藤堂高虎でした。
 まず,秀長の城代として桑山重晴が入り,慶長5年(1600)には,関ヶ原の戦いで功をたてた
 浅野幸長が入城。そして,元和5年(1619)には徳川家康の第10子頼宣が入城し,紀州55万
 5千石の居城となり,以来,尾張・水戸と並び,徳川御三家のひとつとして,長い歴史を刻ん
 できました。

すが御三家のお城・・・なかなか立派なものでしたよ

和歌山城の構造



西国三十三か所・歩き終わった記録は






2008年12月11日  20キロ