「岸和田城」と「だんじり祭り」

2009年9月20日

岸和田城
南北朝時代初め、この地・岸和田は「岸」と呼ばれていました。1334年(建武元年)楠木正成一族の和田高家が、
この「岸」に城を築き、根拠地としたことから「岸の和田殿」と呼ばれるようになり「岸」の「和田」がなまり「岸和田」
の地名の起こりになったと云われています。
岸和田城は、文政11年(1828年)以来、126年間も天守閣のない状態が続いていましたが、1954年(昭和29) に
再建されました。
当時の天守閣復興は国や市の補助金だけで建てられたのではなく、市民一人一人の寄付により建造されました。

天守閣に登って城下町を眺めると、何やら騒がしい…
そうです、今日は岸和田の名物・「だんじり祭り」です。
だんじりが次々と氏神社の岸城神社へ宮入の最中でした。




大阪方面から岸和田城へ行くには、南海本線の岸和田駅で各停に乗り換え、
ひとつ先の
蛸地蔵駅で下車する方が近いですョ。
蛸地蔵駅の駅舎には、駅名に因んだ蛸伝説のステンドグラスがあります。お見逃しなく…






蛸地蔵【天性寺】
松浦肥前守が城主だった時代、紀州根来の武士が岸和田城に攻め込み、
もうすぐで落城寸前という時に、蛸と白法師(お地蔵様)の化身がそれらを
追い払いました。その後、お地蔵様はこの寺で祀られることになりました。




だんじり祭り
岸和田だんじり祭は、大阪府岸和田市で毎年秋に行われる祭りで、曳き手が走り、速度に乗っただんじりを方向
転換させる「やりまわし」を見所として、多くの観光客を集めます。元々は岸和田藩の領民が岸和田藩主とともに
その年の五穀豊穣を岸和田城内三の丸稲荷神社に感謝した稲荷祭が起源とされ、現在では 各町のだんじりが
それぞれの氏神社に宮入りし、五穀豊穣・無病息災などを 祈願する、日本を代表する 祭りの一つになりました。

岸和田市には82台のだんじりがあり、大きく8つの地区に分かれて祭礼を行います。その内の2地区が9月に祭礼
を行い、残りの6地区(山手地区)が10月に祭礼を行います。

.9月祭礼地区(35町)・・・岸和田(旧市)地区:22町  春木地区:13町
                   【 9月祭礼(敬老の日(9月第3月曜日)の直前の土・日曜日)】  
10月祭礼地区(47町)・・・八木地区:11町  南掃守地区:8町  山直地区:8町 山直南地区:6町
                   山滝地区:3町  東岸和田地区:11町(旧旭.太田地区:5町・旧修斉地区.6町)
                   【 10月祭礼(体育の日(10月第2月曜日)の直前の土・日曜日)】


商店街の中を、突っ走るなんて、ココ岸和田だけでしょうネ
その為か、岸和田商店街アーケードは凄く背の高い造りです。


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