澤熊講師と行く・2009年8月6日  
花背の川床料理
(峰定寺と、常照皇寺)





京都市の最北部、左京区の一角、若狭街道が 鞍馬から峠を越えて 北桑田郡に入る、四方を山林に囲まれた
山間の僻地「花背」へ行って来ました。
その花背の、寺谷川に臨む大悲山(747メートル)には峰定寺があり、懸崖舞台造の本堂(国の重要文化財)は
1350年(正平5・観応1)に建立されたわが国最古の舞台造建築といことで、お参りしてきました。


峰定寺

京都市左京区花背原地町にある単立寺院。山号は大悲山・本尊は千手観音。開山は天台系の修験者観空西
念で、1154年(久寿1)に三間の堂を創建して千手観音を安置したのに始まる。このとき鳥羽上皇は不動明王・
毘沙門天を奉納。1159年(平治1)には藤原忠通が法成寺領から35町を割いて寺領とし、同年にも仏舎利を奉
納するなど、京都北部の修験道場、および聖地となっていた。しかし鎌倉時代末ころに延暦寺と三井寺(園城寺
が峰定寺の支配をめぐって争ったため荒廃した。その後、本山修験宗聖護院門跡の支配となり、享保年間(17
16〜36)に元快が中興した。鎌倉時代の様式を残す本堂、阿伽井屋、仁王)門は国の重要文化財です。 また、
創建以来の本尊千手観音像、不動明王像、毘沙門天像も国重要文化財である。         
[執筆者:水谷類]



すっごく厳格なお寺です。雨の日は入山禁止です。持ち物一切を受付の社務所へ預けてのお参りとなります。
貴重品は小さな頭陀袋が用意されていて、其の中に入れて、首から下げます。
「傘はどうしましょう?」・・・「傘を差す事は禁止です。途中で降り出したら濡れてください」、ありゃ〜ダッシュ(走り出す様)
もちろん、写真撮影は禁止。山内に人の気配は感じられませんが…モニターカメラで監視していると、人の噂

斎戒沐浴はしないまでも、一応身を清めて・・・いよいよ入山

険しく続く石段を登りつめると、清水寺より古い、日本最古の舞台造りのお堂が・・・
お堂をぐるりと一周して・・・堂内は鍵が掛かっていて、中の様子は窺い知れません

下山の方が危ないですョ

0全員が無事、めでたく下山できました。



昼食の「門前」茶屋」
花背・峰定寺の門前にある料亭旅館群は、古くから「川床料理」で賑わっておりました。
京都の左京区といっても、辺境の地で交通の便悪く、最近では主役を「貴船」に奪われ
た感がありますが、その歴史は古く、「川床料理」の原形とと云われています。
本日は残念ながら、前日の雨で川床の利用はなりませんでしたが、名物の鮎に堪能手(チョキ)



午後の予定は、左京区から、場所を右京区に移して、
常照皇寺の拝観です。


常照皇寺

この寺は、南北朝時代に北朝初代の天皇となった光厳上皇が出家した後、1362年(貞治3年)この地を訪
れて庵を結んだのに始まるとされています。その後2世となった清渓通徹が寺に改めました。戦国時代には
一時衰退しましたが、その後復興され江戸時代には江戸幕府から朱印状を与えられるとともに、多くに末
寺を有しておりました。

常照皇寺は、境内は桜で埋まり、なかでも細い枝を幾重にも垂らす樹齢600年余の
九重桜(天然記念物)は、特に美しい枝垂桜で、このほか、江戸時代に京都御所の
「左近の桜」を株分けしたとされる左近桜、その美しさに感動して後水尾天皇が御車
を返したとされる御車返しの桜もある桜の名所です。

常照皇寺の標高426mの裏山に登りました。
お寺の人が
「何しに登りはりますねん?」・・・
「道が有るから登ってみまんねん」・・・何もありませんでした。

お庭は緑が綺麗でしたが、やはり桜の時期が一番かナ・・・
いやいや紅葉の頃も・・・
私的には、白銀に染まった雪の常照皇寺にも、お逢いしたい
お寺としては大切な勅使門に至る石段が「何故に斜めに」と、話題になりましたが↑?




ツァーの〆は、京都府船井郡の日吉ダム直下にある
「スプリングスひよし」の、
ひよし温泉で汗を流します。