澤熊講師と行く2009年9月10日
シリーズ歴史ハイク
福山城・岩国城・厳島 
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9/9大阪南港オレンジフェリー〔22:30発〕〜〜四国・東予港9/10〔6:10着〕
0=しまなみ海道=福山城=錦帯橋ロープウェイ岩国城
0宮島口…〔渡舟〕…宮島桟橋昼食〔鳥居屋〕厳島神社参拝紅葉谷よりロープウェイ
0弥山散策〔獅子岩駅弥山本堂三鬼堂観音堂文殊堂弥山展望台大日堂〕
0下山紅葉谷まで2.5`徒歩…〔帰途〕=山陽道=しまなみ海道=湯の浦いい気分(温泉)入浴・夕食0
0東予港〔22:30発〕オレンジフェリー〜9/11大阪南港〔6:00着〕・解散
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相変わらずの突撃旅行です。夜の22:30の船で四国・東予港へ、早朝の6:10着。船内で朝食を済ませてバスに飛び乗り、瀬戸内しまなみ海道をまっしぐら・・・福山→岩国→厳島を巡って夕食の宿・湯の浦へ着いたのは20:00を過ぎておりましたョ。




福山城
関ヶ原の戦い以降、備後国・安芸国の二国を治めていた福島正則が武家諸法度違反により改易されたことから、
徳川家康の従兄弟である水野勝成毛利氏など西日本の有力外様大名に対する抑え(西国の鎮衛)として
備後国東南部と備中国西南部の計10万石を与えられ、大和国の郡山藩から転封しました。
入封時の領地目録上は備後神辺城主でありましたが、神辺城はやや内陸にあり過去に何度も落城した歴史が
あったことなどから、一国一城令が徹底されていたこの時期としては異例の新規築城が行われることになったと
いわれています。
久松城(ひさまつじょう)、葦陽城(いようじょう)とも呼ばれ、日本における近世城郭円熟期の代表的な遺構です。


再建された天守閣は、現在福山城博物館として、歴代藩主の遺品や福山を中心とした備後地方の
歴史と文化に関する貴重な資料を収蔵、展示をし、社会・生涯教育の場として公開されています。






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備後福山から山陽道で岩国へ