2010年8月30〜9月1日日

九州・大分府内城と佐伯城下町
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お久しぶり〔2010/01/01以来〕のフェリーで行く九州です






大分府内城
大分市街の中心に位置する梯郭式平城で、安土桃山時代後期に福原直高が築城を始めますが福原氏は改易された。近世に入り、江戸時代初期の領主竹中重利が完成させ.四重の大天守が造営されました。
天守閣は1743年(寛保3年)の 大火により天守を含む大部分の建造物が焼失。以後、天守は再建されませんでした。
明治初期に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられ、さらに太平洋戦争時の空襲により櫓が数棟焼失してしまいました。
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城主の遍歴は…〔福原直高〕早川長敏竹中重利〔竹中重義〕
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〔日根野吉明〕〔稲葉信通〕〔松平忠昭〕


豊後国分寺跡
豊後国分寺は奈良時代(710-784)の半ばに聖武天皇の命により仏教の力で国を鎮護し災いを除くことを願って、各国毎に建立された国分寺の一つです。大分川左岸のこの地には、七重の塔、金堂、講堂、食堂など壮大な伽藍が 建ち並んでいました。今その場所は史跡公園となっており、往時の豊後国分寺の姿を遺構の復原や表示などで再現されています。


大分歴史資料館
豊後国分寺跡の史跡公園の敷地内にあり、古代から近世までの
歴史資料や、民俗資料を展示し郷土の歴史が学べる場所です。



高瀬石仏
大分県は磨崖仏の宝庫です。高瀬石仏もその中の一つで、霊山山麓の伽藍迫の凝固岩の洞窟中に、丸彫りに近い大日如来を中心に、馬頭観音、如意輪観音、大威徳明王、深沙大将の5体の石仏が刻まれています。洞窟内に彫られているため、保存状態が良好で彩色もよく残っています。



昼食の金水苑〔佐伯市〕



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