2010年9月14〜16日

東北の五大名城を訪ねて
2泊3日の旅


多賀城仙台城山形城二本松城会津若松城
日本名城めぐりの旅も 回重なり、今回は宮城・山形・福島の三県に跨ります。






大阪の伊丹航空を飛立ってから数十分、松本上空辺りでしようか
富士のお山が 雲の間から 我々一行を見送ってくれて ましたョ




東北への第一歩は仙台空港、そして日本三景のひとつ 松島へと 向かいます。
万葉の昔より歌枕として用いられ、みちのくを代表する名勝松島が「宮島」「天橋立」 と並び日本三景の一つと言われたのは1714年ごろ(正徳四)、江戸幕府の儒学者林羅山の三男である林春斎がその著書 「日本国事跡考」において、「日本三処奇観」と記したのに始まります。 俳聖芭蕉が奥州行脚する目的の一つとした松島は、奥の細道の中で「松嶋の月まず心にかかりて」 とありますようによほど気にかかっていたようで、「扶桑第一の好風なり」とそのあまりの美しさに驚嘆し、 絶句したそうです。また、芭蕉が詠んだ句と言われる「松島やああ松島や松島や」は、後にできた逸説のようです。【松島観光協会】
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松島の名刹・瑞巌寺
国宝の本堂は生憎 平成の大修理中でしたが、変わりに国宝庫裡
及び陽徳院(政宗公正室愛姫)御霊屋は特別公開されておりました、

伊達政宗公が桃山様式の粋をつくし,5年の歳月をかけて完成させたものです。
建築にあたっては, 諸国から名工130人を集めたほか,建材も熊野山中から
取り寄せるなど,奥州の覇者としての意気込みが伝わります。造営の縄張には
政宗自ら縄頭を執ったことからも政宗が心血を注いだことが窺われ,奥州の覇者
としての意気込みが伝わります。
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伊達政宗の嫡孫・光宗の霊廟 円通院
三慧殿は
宝形造、本瓦葺で、四周に高欄付の縁を巡らす。東北地方では数少ない
格式ある方三間霊屋の遺構であり、霊屋建築としては宮城県下最古とされ、
三世紀半もの間、秘蔵とされた国の重要文化財です。
本堂の大悲亭は
光宗公の江戸納涼の亭として使われていた建物を解体移築されたもので、
寄棟造萱葺で禅寺らしい落ち着いたたたずまいをしています。
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坂上田村麻呂が東征のおりに建立されたとされる
五大堂
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瑞巌寺から円通院に向かう途中にある『洗心庵』で 昼食の後は、
塩竈市の 鹽竈神社 へ バス移動です。